毎日・世論フォーラム
第256回
平成25年8月5日
政治学者 御厨 貴

テーマ
「参院選後の政局の行方」

会場:ホテルオークラ福岡

首相「安倍流」を全面に

御厨 貴 政治学者
御厨 貴 氏

プロフィール

御厨 貴
(みくりや たかし)

1951年4月東京都生まれ62歳。75年東京大学法学部卒業。東京大学・東京都立大学名誉教授。専門は近代日本政治史、オーラル・ヒストリー(歴史研究のための口述記録、聞き書き)。テレビのコメンテーターや解説、07年4月からTBS『時事放談』の司会者を務めている。また、『政界人物評論』を毎日新聞に連載中。『権力の館を歩く』(毎日新聞社)、『馬場恒吾の面目』(中央公論社・吉野作造賞受賞)など著書多数。毎日出版文化賞選考委員。

 第256回例会は、政治学者で東京大学名誉教授の御厨貴氏が「参院選後の政局の行方:と題し講演した。参院選の大勝後、安倍首相は経済問題だけでなく、次の課題として長年考えていた(改憲など)国家の基本的な制度や組織、人事に踏み込んで行くのではと指摘。今後、「『安倍流』に変えていくのは間違いない」と語った。講演要旨は次の通り。

 参院選での安倍首相の勝利は見事だった。総裁選の時から経済の話をしていたが、これまでの安倍さんは「脱占領レジーム」で、第一次安倍内閣の時にもこのことを言っていた。それに手を付けられないまま、参院選で安倍政権は敗れた。だから経済を言い出した点は、これまでと大きく違う。 経済の問題を、政治の一番の問題とすることはこれまでほとんどなかった。過去には池田首相の所得倍増論、田中首相の日本列島改造論ぐらいだろう。その経済の問題を安倍首相は一番の課題とし、アベノミクス、成長戦略で活性化させることを約束した。政治をウオッチングしている人から見れば、経済を取り上げたことは驚きだったと思う。これは本来、安倍さんの本分ではないからでもある。
 なぜ、経済問題なのか。アベノミクスで安倍さんは100日以内に結果を出すとした。政権発足後の100日は「ご祝儀」の時期とされ、何をやっても文句は言われないし、やれば評価が高まる。100日で何かを成し遂げない限り、政権は見捨てられるということを安倍さんは知っているのだろう。
 また、ターゲットを挙げて攻撃することは、小泉元首相のやり方だが、安倍さんは小泉さんのやり方を踏襲し、日銀総裁をターゲットにした。従来、日銀総裁人事に下馬評がマスコミに出ることなどなかった。
 国民に景気は良くなっているという感覚を持たせることが、安倍さんにはできた。しかし、改憲、靖国神社参拝などは、党が分裂しかねない課題で、安倍さんは右寄り勢力の代表格になってしまっている。去年の自民の総裁選のさなかに、党本部内のホールには右寄りの団体の人たちで埋まっていた。こうした団体を党本部に入れている安倍自民党が、参院選であれだけ勝ってしまった。安倍さんの真意はよくわからないが、経済活性化が安倍さんの目的ではないはずだ。憲法96条改正を言い出し、侵略の定義を再定義するとも言い出した。先の戦争は日本の不法な侵略行為による戦争だったのではないという歴史の見直しまでするのではないだろうか。橋下徹・日本維新の会共同代表の発言で、安倍さんの発言は封じられたため、何とかここまで来たという感もある。
 韓国、中国はこうした日本の動きをじっと観察している。戦争の責任の取り方については、戦後70年になろうとしているのに、今も外交上の問題になり続けている。安倍さんはこの問題に終止符を打とうと考えているのだろう。戦後70年になる時、安倍政権はどうなっているのか。中国、韓国とどうやって手をつないでいくのか。外交面では一触即発の状態が続くだろう。
 参院選により、2大政党制は崩壊した。当面、野党はいなくなり、与党内にも安倍さんに文句を言える人はいなくなってきたが、こうなると地雷を踏むかもしれない。安倍さんは第一次内閣の時もそうだが、もろさを持っているからだ。

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