毎日・世論フォーラム
第337回
2021年11月10日
元衆院議長 伊吹 文明

テーマ
「岸田内閣の今後」

会場:ホテル日航福岡

岸田政権「聞く力」だけでなく、
対話し実行する力が問われる

伊吹 文明 元衆院議長
伊吹 文明 氏

プロフィール

伊吹 文明
(いぶき・ぶんめい)

 1938年1月、京都市生まれ。京都大卒業後、旧大蔵省(現財務省)に入省し、国庫課長などを務め、大臣秘書官を最後に退官。83年の衆院選で、京都1区から自民党公認で初当選し、文部科学相、財務相、党幹事長などの要職を歴任した。2005~12年に伊吹派(現二階派)を率い、12年12月から2年間、衆院議長を務めた。12期38年在職した衆院議員を10月に引退したが、総選挙後も東京に事務所を置き、活動を続ける。

 10月の衆院選に出馬せず引退した自民党の伊吹文明・元衆院議長が11月10日、福岡市のホテル日航福岡であった毎日・世論フォーラム例会で「岸田内閣の今後」と題して講演した。岸田文雄首相が分配政策を重視していることに「元になる経済のパイがなければ分配はできない。『聞く力』だけでなく、対話して説得し実行する力が問われる」と語った。
 衆院選について「自民が政権を失った(2009年の)時と少し似たような雰囲気があった」と指摘。安倍晋三、菅義偉両政権については「やってきたことを誠実に説明していない印象を与え、自民に重荷になった」などと振り返った。それでも自民が安定的に国会運営できる「絶対安定多数」(261議席)を確保した結果に「岸田さんは信任され、自信を持ってやっていくだろう」と期待した。
 立憲民主党と共産党などの野党共闘には「立憲はとんでもないミスをした。国家運営の基本に関わる意見が違う党が、選挙の票のために集まった」と批判。「政権批判票は維新に行った」と分析した。講演要旨は以下の通り。
 10月の衆院選は、麻生内閣の時に自民党が大惨敗した時と似たような雰囲気があった。菅さんは、コロナの真っただ中で安倍さんから引き継いだが、よくやった。1日100万人にワクチンを接種すると打ち出した時に、非現実的だとさんざん叩かれたが、今や1日150万人に接種されている。総裁選がもう1カ月か2カ月後なら、菅さんよくやったということで再選されていたかも分からない。気の毒だったのは、いいことをやったのに、それを説明するチームとしての力が十分ではなかった。ワクチン接種が進むと「足りない」という批判が出てくる。医療機関や地方自治体の努力の結果、調達するワクチンのペースを、接種のペースが上回った。ワクチン担当の大臣が謝ったが「失敗したのかな」と思う。「うれしい悲鳴を上げているところだ」と言えば、よくやっているなとなるが、何か大失敗したという印象を与えた。
 コロナで緊急事態宣言やまん延防止をやると日常生活が不自由になる。その結果、不安、不自由、不満が人の心をいらだたせる。いらだちをぶつける相手として出てくるのが行政。だから、菅内閣には「上手くやっていないから愉快じゃないな」という雰囲気になる。もう一つは、安倍内閣や菅内閣は「誠実に、謙虚にやっていないな」という印象を与えている。森友の問題とか、政治と金の問題とかに、同じような印象を与え、それが自民党に大変重荷になったというのが今回の選挙だ。
 一方で、野党第1党の立憲民主はとんでもないミスをした。共産党に選挙協力という枠組みの中に引きずり込まれた。自民党と公明党の連立は、憲法や日本の安全保障の根幹にある日米安保をどう扱うかなど考え方に大きな違いはない。ところが、立憲と共産の選挙協力は、憲法や天皇制など、国家運営の基本にかかわるところで意見が全く違う。自民も苦しい選挙だったが、立憲も当初の予想を裏切って、議席を逆に減らした。政府批判票はみんな維新に行ったというのが今回の選挙だ。自民党は当初の予想に比べるとかなり持ちこたえたが、勝ったという高揚感は残念ながらない。
 今回、衆院議席の過半数を自公で押さえ、絶対過半数を押さえた。力任せにいろいろやるのは賛成しないが、もめた時に最後は多数決でものを決める体制を常に維持できている。結果的に岸田さんは信任されたということだ。常に内閣は、国会に対し、法律、予算の承認を得ないといけないし、説明しないといけない。「政高党低」とか「国会軽視」などという言葉がまかり通るのは、憲法の精神からいうとおかしなこと。与党である自民党、公明党への説明責任とか了解の努力をしないといけないが、信任されたので、自信を持ってやっていくだろう。
 ただ、選挙になると、とかく有権者にいいことを言って票を取ろうとする現象が起こっている。例えば、岸田さんは分配を中心とした新しい資本主義と言っている。分配は、経済のパイがなければできないが、みなの思いには、それが不公平に分配されているというのがある。分配をするためには、そのためのパイが少しずつ大きくならないといけないので、岸田さんが言う新しい資本主義では、そのことをぜひ議論してほしい。
 岸田さんは総裁選で「私の一番の力は聞く力だ」と言った。それはあえて言えば、安倍さんや菅さんの時は耳を傾けてもらえなかったが、私は違うと暗に言っている。聞く力は大切だが、聞くだけではだめ。相手と対話をして、自分の考えと違うなら説得して最後に結論を出して、実行する力。それを政治家は問われる。違う意見にも耳を傾けるが、おかしいと思えば説得しないといけない。説得できない時は、最後は多数決になる。リーダーは自分の確かなものを大切にして、最後はスジを通すけど、自分の価値観は絶対で人の議論を聞かないという態度を取ると、社会はうまくいかない。その辺のことを岸田さんはわきまえて、聞く力と言ったと思う。来る参院選でも、賢明な有権者として、候補者の言っていることはつじつまが合っているか、見破る有権者であっていただきたい。

年度別アーカイブフォーラム