毎日・世論フォーラム
第329回
2021年1月27日
元総務相 早大大学院教授 片山 善博

テーマ
「コロナへの対応から見える国と自治体の課題」

会場:ホテル日航福岡

国に縛られた「地方分権」
検証が必要

片山 善博 早大大学院教授(地方自治)
片山 善博 氏

プロフィール

片山 善博
(かたやま よしひろ)

1951年7月生まれ。東京大卒業後、自治省(現総務省)に入省。99年から2期8年務めた鳥取県知事時代は、情報公開や行政改革に取り組み、「改革派知事」として知られた。2007年、慶応大教授を経て民主党・菅直人内閣で10年9月から11年9月まで総務相。17年から現職。近著に「知事の真贋」(文春新書)がある。

 元総務相で早大大学院教授の片山善博氏が1月27日、毎日・世論フォーラム例会で「コロナへの対応から見える国と自治体の課題」と題し、オンライン講演した。片山氏は新型コロナウイルス対策で国債発行が急増する中、菅義偉首相が今国会の施政方針演説で財政運営に明確な考えを示さなかったことを疑問視。「コロナでお金の使い方がずさんになっている。財政の全貌を認識して将来の見通しを持ってほしい」と注文を付けた。新型コロナ対応のため2020年6月に可決・成立した今年度第2次補正予算に、国会審議を経ず支出できる10兆円の予備費が計上されたことには「国会が審議権を放棄している。こういう時こそ、チェック機能を果たすべきだ」と求めた。また、1999年の地方自治法改正で国と地方の関係が対等になったにもかかわらず、コロナ対応では地方が法的拘束力のない国の通知に縛られていると指摘。「国と地方の関係がずいぶん昔に戻ったという感じだ。地方分権改革、地方自治を検証する必要がある」と述べた。コロナ対策としてフォーラムでは初のリモート講演で、会場のホテル日航福岡(福岡市)で上映すると同時に会員への配信もした。講演の概要は次の通り。

 新型コロナウイルスへの対応から見える国と自治体の課題、現在の課題のみならず、ポストコロナに向けての課題意識を話したい。
 最初に財政と金融。1月18日の菅義偉総理の施政方針演説は、政権を預かる者として予算を念頭にどういうことに重点を置くか、国の課題をどう認識して対応するかを話す大切な場だった。相当の分量、全体の中でコロナ対応について話していた。コロナは当面の最重要課題だが、国家財政の運営や金融をどう見ていて、どういう見通しを持ってこれから臨むのか。金融政策は日本銀行という政府から独立した法人がやるが、日本銀行と政府は安倍晋三政権以来、連携しながら金融政策を実施しているので、総理としてどういう見解を持っているかはとても重要なこと。しかし、金融については発言がなく残念だった。
 安倍政権が2013年から本格的な仕事を始めるなかでアベノミクスという政策を唱えた。金融緩和、需要拡大、成長戦略という3本の矢。異次元の金融緩和では、国債をどんどん日銀が買い取る。これを8年間も続けている。出口戦略の究極は株を放出することなので、株価は下がることになる。こういう戦略ができるのか心配している。今回の施政方針演説では金融政策について一言も出てこなかった。日本はかなり病弱というか、体力が落ちているところにコロナが来てダメージが非常に大きい。出口戦略を考えるのも難しい。そういうところにメッセージが欲しかったと思う。
 財政も同じで、2020年度の予算は最初から赤字国債を組み込んでいたが、コロナでいろいろな補正をして、当初予算より国債は109兆円も発行額が増える。1年間の税収が60兆円にもならないのに補正だけで109兆円も増やす。乗り切り方を間違えると国家財政は破綻してしまう。政権トップは財政の現状をどう認識しているのか。施政方針演説でほとんど言及がなかった。財政がこければ国民生活も破綻する。将来を見通して目標を持ってそれに向かって進んでいくという考え方を持ってもらいたい。
 日本は法治国家、法律に基づく行政だが、これがコロナ禍の今日、実にずさんに扱われている。1月に緊急事態宣言が出された。新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)では、緊急事態宣言が出ると、知事が私権を制限できる。罰則はなく拘束力はないが、営業停止を求めることができる。宣言が出て、初めてそれができるという法律の建て付けだ。しかし宣言が出る前から、各都道府県知事は外出自粛や時短要請をした。政府は特措法24条9項で、宣言が出る前でも外出自粛の要請や営業自粛、時短要請ができるという解釈をしているが、それが根拠条文になるのか誰も確かめていない。
 改正法が国会に出るが、その中で新しく宣言前のまん延予防措置、事前の予防措置の根拠規定を置くという内容がある。宣言が出る前に知事が要請できる規定を新たに置く。だけど、それはもうやっている。政府は、今回は罰則が付くから新たなものと言うが、新たな条文を置かず24条9項違反で罰則を付ければいい。法律に基づく行政がゆがめられている。百歩譲って昨年春先の段階は政府もじっくり法律を見ることもできなかったかもしれない。限られた内閣府のスタッフが法律をちらっと読んで「これは使える」と解釈したのをみんながそのまま受け取ったと思う。私はこの話は4月から言っていて直接、間接、政府の人に伝えている。過ちを改めるに憚ることなかれだから、早く変えれば良かった。
 コロナと地方自治では、自治体と国の関係で気になることがある。2000年に地方分権改革があった。私は鳥取県知事をしていた。一番のポイントは国と自治体は対等で上下の関係ではないということだった。国が法律でないことを通達とか通知とか電話でいっても強制ではない。法律の根拠がないといけないということ。コロナの対応でPCR検査の検査基準で国が通知を出した。通知は目安だから、違う対応をしても差し支えないが、検査に余力があっても、厚労省の通知があるからお宅はできません、なんてことを平気でやっていた。2000年以前に先祖返りした。和歌山県だけは、医者や保健所がこの人はやった方がいいということであれば積極的に対応していた。コロナへの対応を見て地方分権改革、地方自治の有りようをもう1回検証しないといけない。
 コロナと学校教育も似たことがある。去年の3月2日からの全国一斉休校は、総理の呼びかけに何の法的根拠もなかった。感染者が出ていない県もあったが、全国ほとんどでやった。学校でクラスターが発生したことがないなら、インフルエンザと同じように1人出たら学級を、何人か出たら学年を、さらに増えれば学校を閉じるとかの判断もあったと思う。教育を受ける権利を奪うので子供の将来に関係する。分散登校とか、リモート授業の準備ができているかとか検討しないといけない。家庭の親の働き方にも関係する。ギリギリの判断を本来、教育委員会がやらないといけないが、そんな教育委員会はない。総理が言ったから、次の日に文科省から通知が来たから何も考えずに休校にしたところがほとんどだった。
 国会は今あわてて特措法改正の議論をしているが、今まで何でやらなかったのか。あと補正予算で10兆円という巨額の予備費を認めている。国会は財政の民主統制の場であり、予算をきちんと審議しないといけない。政府の判断で10兆円も使っていいというのは国会の審議権の放棄だ。また、地方議会の中には春から開かなかったところもあった。こういう時こそ地方議会はやることがある。公聴機能だ。市民、住民から意見を聞く。困ったことはいっぱいあるのだから。普段やっていないから、いざというときにできない。
 コロナが終わった時にどうなるか。どんな社会になるかということは今から考えた方がいい。大学の授業もリモートでやっているという話をしたが、コロナが終わっても全部対面にならない。全部が全部、元に戻らない。何が戻って何が戻らないのか。今は人の動きが止まっている。飛行機も鉄道も大変だが、通信の需要はすごく増えている。経済も今回のコロナで変わってくると思う。変化せざるをえないから変化した、私も。1年前はズームなんか使ったこともなく、心が折れそうになったが、努力して乗り越えると、使わない手はないと思う。皆さんもお一人お一人、身の回りから考えて、自分たちの生活、社会、地域経済がどう変わるか推測すると、とても地に足が付いた将来予測につながると思っている。

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